ドアマットになっていませんか Bridge August 2003
皆さんは、「ドアマットになる」という表現を聞いたことがありますか。ご存知のようにアメリカの家では、入り口でドアマットで靴についた泥をぬぐって中に入りますね。でもその時ドアマットに注意を払う人がいるでしょうか。ドアマットの立場で見ると、皆に踏まれた上に、泥まで落としてあげているのに誰も感謝どころか関心も向けてくれません。そんなふうに皆の役に立っているのに、感謝されない人のことを「ドアマット」と呼ぶのです。一番ドアマットになりやすいのは家庭にいる主婦です。このドアマット現象は、女性解放が進んでいるはずのアメリカでも顕著です。
先日雑誌にこんな記事が載っていました。小さい子供を持つ母親のジョーンは、以前は子供が昼寝を始めるとすぐにたまっていた家事を片付けていました。疲れていても家事をしていたのは「自分のために何かをすると気がとがめた」からでした。でもある日家事をする代わりに、小説を手にとって読み始めたとき、彼女は心が開放されていくのを感じました。その後は週に3回は子供のお昼寝中に「罪悪感なしに」本を読むようになりました。「自分のために時間を過ごすことで、気持ちが落ち着いてイライラしなくなった」そうです。疲れてきたな、と感じたら、ドアマットにならないためにも、「自分のための時間」を少し確保することを自分自身に許してあげましょう。
